「TSUNAGU(つなぐ)」とは“結ぶ”こと。働き手を探す人と仕事を探す人を結ぶ、異文化を結ぶ― かたちは違えど、私たちActiv8はより良き世界の実現のため「架け橋」となり日夜努力している方々に、心からの敬意を表します。Activ8の新しいシリーズ「TSUNAGU」は、ビジネス、教育、芸術、文化などを通じて日本と北米をつなぐ、インスピレーションあふれる人々を特集します。
第21回 ナンシー松本さん: 受賞歴のある作家、ジャーナリスト、編集者
子供の頃から、ナンシー・松本さんは本を読むことと文章を書くことが大好きだったそうで、大学では英文学を専攻しました。今では“絶滅危惧種”ともいわれる専攻ですが、ナンシーさんが強く勧める分野でもあります。卒業後、数々の書籍や新聞、雑誌に寄稿や執筆を行い、現在は、日本酒について、自身のウェブサイトや出版物へ定期的に執筆しています。彼女の最新刊『Exploring the World of Japanese Craft Sake:Rice, Water, Earth(日本酒の世界を探る:米、水、土)』(マイケル・トレンブレー氏との共著)は非常に高い評価を受け、2023年に米国料理界のアカデミー賞と言われるジェームズ・ビアード賞を受賞しました。現在、日本文化に敬意を表し、1960年に祖父母が出版した短歌集の英訳に取り組んでいます。ナンシーさんがどのような経験を経て現在に至ったのか、また新しいキャリアをスタートさせる人たちに向けたアドバイスを聞いてみました。
写真:日本で日本酒の書籍のリサーチを行うナンシーさん(左)広島県の今田酒造(右)秋田県の小玉醸造
日本の伝統を受け入れる
ナンシーさんは日系3世としてシカゴに生まれ、ロサンゼルスで育ちました。幼い頃は自分の文化的背景をすんなりと受け入れていたわけではなかったものの、カリフォルニア州クレアモントにあるポモナ・カレッジを卒業し、ジャーナリストとして数年間働いた後、日本に移住。この時期に、日本への思い入れと自身が受け継いだものへの関心が生まれてきました。東京でもジャーナリストとしての仕事を続け、『TIME』『NEWSWEEK』『PEOPLE』『日本経済新聞』など、日米の出版社で執筆や編集を手がけました。日本の社会、ビジネス、芸術、文化について執筆することによって、彼女は祖先の文化に対する洞察と理解を深めていきました。
写真:山口県萩市で取材を行うナンシーさん
病気との闘いとアメリカへの帰国
ところが、全身性エリテマトーテス(全身の様々な臓器に炎症や障害を引き起こす自己免疫疾患)が再発したため、ナンシーさんは日本での活動を中断し、治療のために米国に戻ることを余儀なくされました。この難病との闘いにより、彼女は10年もの間、仕事から離れなければなりませんでした。
ようやく仕事に復帰できるようになると、ナンシーさんは“アグロエコロジー(農業生態学)”や食品、飲料に焦点を当てたフリーランスライターとしてのキャリアをスタートさせ、『Food & Wine』、『theAtlantic.com』、『The Wall Street Journal』などのメディアに寄稿しました。
彼女はまた、両親や祖父母の人生に影を落とした、第二次世界大戦中の日本人強制収容について書き始めました。祖母の松本富美子さんは「熱意を持った本格的な」歌人であり、ナンシーさんにインスピレーションを与えた人物だったそうです。富美子さんとその夫の源之助さん(ペンネーム:松本緑葉)は、第二次世界大戦中にワイオミング州のハートマウンテン強制収容所や、戦後に移り住んだシカゴで、自分たちが耐え忍んだ経験を短歌で表現しました。ナンシーさんは尊敬する同僚たちの緊密な協力のもとにこのプロジェクトを完成させ、近日刊行予定の短歌の翻訳本『By the Shore of Lake Michigan』に、「文学的かつ歴史的」意義があると述べています。彼女が10年以上をかけた「情熱のプロジェクト」と呼ぶこの本は、UCLAのアジア系アメリカ人研究出版社から2024年に出版される予定です。
写真:母リリアン・スミ松本さんとナンシーさん
幼少期の摂食障害と日本酒に関する共著に加え、ナンシーさんは現在、崩壊した食のシステムを修復する女性たちに関する本を執筆中で、再生農業や海洋養殖、地元や地域の食品、酪農、穀物小屋の創設についてまとめているそうです。彼女が語るこの「オルタナティブ・フード・システム」は、生態系のバランスを回復させ、より健康的で公平、かつ気候変動に配慮しつつ世界を養う方法として注目を集めています。
支援のコミュニティを築く
各地への旅行やさまざまな団体への参加を通して、ナンシーさんは生涯の友人となる人々と繋がることができました。そして、執筆活動によって自分が成長し、彼らと連絡を取り続けることができることにとても感謝しているそうです。現在はトロントに住み、頻繁にニューヨークを訪れていますが、過去8年間、自分を治療してくれたニューヨークの病院に恩返しをするため、全身性エリテマトーテスと診断された人たちの“ピアカウンセラー”としてボランティア活動をしています。同じ背景を持つ方の相談をその障害を持つカウンセラーが受けることをピアカウンセリングと呼びます。ピアカウンセリングがどれほど心強い支えとなるかを身をもって体験してきたナンシーさんは、病気に対する自分自身の経験を活かして、新たに診断された方や現在症状に苦しんでいる世界中の患者さんの手助けができることを願っています。
近年、ナンシーさんは日本酒業界での仕事を通じて太いパイプを築くことができました。この人間関係は、日系アメリカ人文化へのかかわりとともに、彼女が考えるところの“とても深みのある人生”へとつながっていくのだと実感しています。
写真:(左)友人らと日本酒について語るナンシーさん;(右)ブルックリンで日本酒ペアリング・ディナー
新しいキャリアへのアドバイス
ナンシーさんは職業上の目標について常に明確な考えを持っていましたが、今、人生で自分の道を探している人たちに伝えたいアドバイスがあるそうです。「自分の選んだキャリアに情熱を燃やすこと」と「たとえ障害に直面しても自分を信じること」が、キャリアをスタートする際に最も重要な2つの要素だとナンシーさんは言います。また、「変化や挫折は避けられないものですが、それを受け入れること」、そして、金銭的な利益の追求よりも「自分が世の中に何を提供できるか」「自分のコミュニティに何をもたらすことができるか」に重点を置くことを勧めています。「人生があなたを導く先、培ってきた経験、そして出会う人々に、常に心を開きましょう」と彼女は語ってくれました。
今後出版される彼女の著書と、これからも続く卓越したジャーナリストとしての仕事がとても楽しみですね!
写真:ニューヨークでパネルディスカッションに参加するナンシーさん
関連サイト
Nancy Matsumoto Website