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第23回 真下あかねさん:着付け講師、起業家、LA着物クラブ会長
今回はロサンゼルスで着付け教室を運営し、「LA着物クラブ」の会長を務める真下あかねさんをご紹介します。大阪で生まれ育った真下さんにとって、着物はそれほど身近な存在ではありませんでした。それでも着物を身に纏う人々に魅力を感じていました。成長するにつれ、個人の自由を尊重するアメリカ社会に憧れを抱き留学 — のちにロサンゼルスに移住し結婚。そうして年月を重ねる中でも、いつも頭の片隅に「着物」の存在があったそうです。子育てが一段落した10年前、ようやく念願の着付けを習い始め、この春に京都で講師養成講座を修了。ロサンゼルスに京都きもの学院の分校を設立しました。アメリカで日常的に着物を着用する『KIMONOライフスタイル』の普及に向けて真摯に取り組む真下さん。今日に至るまでのストーリーを聞いてみました。
アメリカに恋して
真下さんが初めてアメリカの地を訪れたのは高校3年生の夏休み。ニューヨークに短期留学をしたことがきっかけでした。「ここが私の居場所だ!」と感じ、すっかりアメリカに魅了されてしまった真下さん。その時「高校を卒業したら再びアメリカに戻ろう」と決意したそうです。日本に帰国後は、ECC英会話スクールでスタッフとして働き、カウンター越しに留学を希望する人々をサポートする中、日に日に「私はカウンターの向こう側にいるべきだ」という想いが募り、アメリカの大学に進学することを心に決め辞職。当時、23歳だった真下さんはロサンゼルスのコミュニティカレッジに入学しました。卒業後は同地で知り合った日本人アーティストの真下文明さんと結婚し、アメリカに永住することに。文明さんはハリウッドでスペシャルエフェクトアーティストとして映画製作に携わり、ハリウッドで活躍する俳優の真田広之さんとは映画芸術科学アカデミー会員の同期だそうです。
着物への道
真下さんが本格的に着付けを学ぶ機会を得たのは、結婚・出産後のことでした。日本で無料体験レッスンに参加したことはありましたが、本格的に習うにはレッスン料が高くて断念せざるを得ませんでした。社会人になってからも、アメリカ留学に向けて貯金することが最優先でした。それでも着物への興味は失せることがなく、ようやく機が熟し時間的・金銭的な余裕ができたのは、子供がプリスクールに通い始めた時でした。早速、リトル東京にある着付け教室に通い始めると、“着物を着たい”という想いが一層強くなり、同じ先生が教える茶道教室にも通い始めました。お茶を始めることで着物を着る機会が増えると考えたからです。それだけでは飽き足らず、着物を着たい一心で、カフェに行く時なども着物を着るようになったそうです。そうして着付け教室に約4年間通い続け、着物の面白さや奥深さを学ぶうちに、“着物を仕事にしたい”という強い気持ちが芽生えました。そこで一時帰国し、有名な呉服メーカーや問屋がたくさんあり和装のメッカである京都へ。京都きもの学院京都本校で4か月半ほどプライベートレッスンを受け、ついに着付け師の免許を取得したのです。
着付け教室を開設
今後の様々なプランを心に描き、意気揚々とロサンゼルスに戻った真下さんでしたが、程なくして第二子を迎え再び育児に追われる生活に。さらには世界がコロナ禍に突入。着物の活動が全くと言っていいほどできなくなりました。そうして3年ほど経った2022年の秋、転機が訪れます。知人から着付けを習いたいと声がかかり、教室開設を勧められたのです。そこで、ロサンゼルス郊外のパサデナにある日本人コミュニティーの教会の一室を借りて、お稽古を始めることにしました。生徒を募集したところすぐに5人ほど集まり、いよいよ着物を仕事にする夢への第一歩を踏み出したのでした。最初は生徒さんが着物を持っていなかったため、着物を探すところから始まったお稽古でしたが、指導を重ねるうちに「生徒さんが着付け師の資格を取得できるようにしてあげたい」と希望が広がります。そこで再び京都に戻り、この春、講師養成講座を修了。京都きもの学院の分校としてロサンゼルスで御免状を発行できるようになりました。
起業家としての活動
着付け教室をオープンさせた2022年の秋、真下さんはもう一つの新しいビジネスを始めました。夫の文明さんと共に、「WakaWakka Kimono and Photo Studio」という写真スタジオを立ち上げたのです。着物の着付けやレンタル、写真撮影が主なサービス内容です。名前のWakaは真下さんの書道のペンネーム「和歌」であり、Wakkaは「和花(輪っか)」を意味します。
真下さんの写真のスキルに加え、10年前から習得してきた着付けの技術を最大限に活かし、クオリティの高いサービスを提供しています。さらに真下さんは書道初級を持ち、茶道と華道も学んでいます。自宅には文明さんが手作りした和室があり、茶道のレンタルスペースとして貸し出しています。
LA着物クラブ
「LA着物クラブ」は創立24年を迎え、和服を身近に感じる機会を提供し、着物を通じて日本の伝統文化を広めることを目指しています。真下さんはこのクラブの会長として、着物の魅力を広めるために様々なイベントを企画しています。特にリトル東京で開催されるお正月の着物コンテストでは、世代や人種、ジェンダーを超えた着物愛好家たちにステージを提供しています。また、着物ショー、文化ワークショップなどのイベントも年間を通して開催しています。「私は着物というライフスタイルを他の人々と共有することに情熱を注いでいます。日本の美しく伝統的な着物ファッションを丁寧に着こなすことで、ロサンゼルス在住の人々が日本の伝統文化を楽しむことができるようになるのです」と真下さんは語ります。クラブのリーダーシップを率いる真下ご夫妻の功績は高く評価されており、多くのメンバーがクラブの継承を喜んでいます。
着物を通して日本が好きになった
幼い頃から自分の意見をはっきりいう性格だったという真下さんは、周りと違う意見を言うと白い目でみられ変わった人扱いをされるという日本社会の一面に違和感を感じてきました。一方、「変わった人」を受け入れてくれる個人主義のアメリカ社会に居心地の良さ、住み易さを感じたそうです。しかし、アメリカに来て17年が経った今、着物を通して日本の美しい伝統文化を堪能できるようになりました。「私は日本の社会では生きられないと思って日本を出た人間なのです。でも、着物に出会ったから日本のことが好きになれました。そういう意味では今、日本人で良かったなと思います」と語る真下さんは、日本政府観光局(JNTO)が出展する旅行博などのイベントでも日本女性に振袖を着せて登場させ、本人もコンテンポラリー風に着物を着こなしてお仕事をし、ロサンゼルスの日本コミュニティにとって頼もしい存在として活躍しています。
キャリアアドバイス
これから就職や新しいキャリアを考えている方々に向けて、真下さんは“好きな事を活かした仕事”を勧めています。「好きじゃないと続かない。毎日続けても飽きないことを見つけて、それを仕事にできるようにするのが、私が考える最も幸せな生き方です。日本で大学を卒業し、就職を考えている若い世代の方々には、周りに流されずに自分の道を見つけてほしいです。世間の風潮や他の人が会社に就職しているからといった理由で自分も就職活動をするのではなく、本当に自分のやりたいことを考え、見つけてほしいと思います。」
今後のゴール
現在は3人の子育てとビジネス、そしてLA着物クラブの会長という、“二足の草鞋”ならぬ“多足の草鞋”を履く真下さん。あまりの忙しさに時には頭がパンクしそうになることもあるそうです。お稽古やイベントの企画・運営など、独りで幅広い任務を切り盛りする大変さを痛感する日々。その状況をどのように改善していけるかが今後の課題です。そして、着物を通して日本の伝統をアメリカ社会に広め、文化の継承に邁進する一方、着物にブーツを合わせるなど、ルールにとらわれずに気軽に着る『KIMONOライフスタイル』の普及に向けて前向きに活動を続けています。「より多くの人々に着物を着てほしいです。特に日本人の方々にもっと着物を身に着けてほしいです。日本人が着ないと始まらないですから。」
今後の目標として、真下さんはロサンゼルスに十二単を持ち込みたいと考えています。京都きもの学院は十二単の専門学校で、日本でも数少ない十二単を所持しているそうです。ただし、十二単一式には約200万円かかるため、海外へ持ち出すことは容易ではありませんが、いつか実現させたいという夢を抱いています。
日米を行き来しながら、情熱を持って果敢にたくさんの夢を叶え、着物を通してアメリカ社会に多くの喜びをもたらして来られた真下さん。将来、アメリカで美しい十二単が見られる日を心待ちにしています。
関連サイト
Wakawakka Kimono & Photo studio https://www.wakawakkakimono.com
インスタグラム @wakawakkakimono
LA着物クラブ http://www.lakimonoclub.org