「TSUNAGU(つなぐ)とは“結ぶ”こと。働き手を探す人と仕事を探す人を結ぶ、異文化を結ぶ― かたちは違えど、私たちActiv8はより良き世界の実現のため「架け橋」となり日夜努力している方々に、心からの敬意を表します。Activ8の新しいシリーズ「TSUNAGU」は、ビジネス、教育、芸術、文化などを通じて日本と北米をつなぐ、インスピレーションあふれる人々を特集します
第17回 アルバロ・ペレス・ミランダさん:レストラン経営者、アート・ディーラー
今回は日本政府が昨年12月に「日本食普及の親善大使」に任命したアルバロ・ペレス・ミランダ(Albaro Perez Mirand)さん(58歳)を紹介します。マイアミで本格的な日本料理店を展開するアルバロさんはベネズエラ生まれのグローバル人。海外での日本食文化の普及を促進する親善大使にラテン系アメリカ人が任命されたのは米国で初めてですが、その経歴もユニークです。若くしてアートを学ぶためイタリアに渡り、その後、留学先のロサンゼルスで転機が訪れます。アーティストとしての創造性を食文化に生かそうと思い立ち、アート学校を辞めて「食」の世界に飛び込みました。そんな彼の人生を変えたのはイタリアン・レストランを展開するため訪れた日本との出会いだといいます。「公衆トイレがマイアミのホテルよりきれい!」という驚きから始まり日本文化の魅力に憑りつかれたのです。1年の滞在予定が15年に延び、その間に学んだ「本物の日本」を世界に伝えることをミッションとします。
写真:「日本食普及の親善大使」の任命状を手にするアルバロ・ペレス・ミランダさん
アートから食へ、運命の出会い
アルバロさんはビジネスマンの父と料理上手な母のもと5人兄弟の末っ子として生まれました。子供のころから絵を描くのが得意でアーティストを目指したのもそのためです。アートを学ぶためイタリアに渡った後、留学のために移住したロサンゼルスで運命を変える出会いがありました。米国の著名シェフ兼レストラン経営者のジョセフ・スセヴェアヌ(Joseph Suceveanu)さんが、未知のレストラン・ビジネスへの扉を開いてくれたのです。イタリアで暮らしたときに料理とワインの奥深さを知り「食」への知識を積み上げてきました。そのせいでしょうか、ジョセフさんに誘われレストランで働き始め、アーティストとしての才能を食文化の世界に生かすことこそが自分の道と、絵筆を捨てました。
初めての日本はワンダーランド
ジョセフさんの下で働くうち、日本でイタリアンレストランの開業を手伝うことになりました。初めての日本では驚くことばかり。例えば、犬を連れて散歩する女性がペットボトルの水を持っています。何気なく見ていると、犬がおしっこをした後になんと水をかけて道をきれいにするではありませんか。こんな風景は世界中どこを探してもありません。他者を思いやる日本のスピリットに感銘したといいます。アーティストとしての目は桜の花の美しさにも驚きを見出します。花びら一枚一枚の色は白いのに全体をみると美しいピンク色にみえる。暮らすうち、バランスを大事にする心や必要以上に欲しがらず「足りるを知る」という日本の心に魅せられていきました。
写真:日本では33店のイタリアン・レストランを開業した。左がアルバロさん。
職人文化
「完璧文化」にも驚嘆しました。果物屋で1個1万5000円のマンゴーを見つけたときのことです。故郷のベネズエラにも美味しいマンゴーはありますが、こんな法外な値段はしません。興味本位で買って持ち帰りました。形はなるほどコンピューターグラフィックのような美しさです。さてお味の方は、と一口かじると、今までに食べたことのない素晴らしい味が口の中に広がりました。世界一のおいしさです。どうすれば、こんなマンゴーが作れるのかと、早速飛行機に乗り産地である宮崎の農家に向かいました。マンゴーの木は高さ8フィートほどの小さな木で、農家の方は白い手袋をはめて注意深く作業します。盆栽のテクニックを使い凝縮したフレーバーを持つマンゴーが生まれるまで長い年月がかかったと聞き、その我慢強さに驚くとともに、これは「完璧なクラフト(職人芸)」なのだと値段の高さにも納得がいったと笑います。トマトでも和牛でも同じでそこに職人芸がある。しかも素晴らしいモノづくりをするのに謙虚さを失わないという美徳も備えています。
塩コショウのない味への目覚め
日本に住み始めて3か月目に初めて懐石料理に連れて行ってもらう機会があり、そこで初めて塩コショウを使わない料理に出会います。最初こそ塩が欲しい、と思いましたが、しばらくするうちにデリケートな味わいがわかるようになり、塩コショウは必要はないと気づきました。料理にも、日本人のバランスを大事にする心や「足るを知る」姿勢が貫かれています。自分自身、前世は日本人だったのかと思うほど、日本の文化を知りたい欲求が強まっていきました。日本画に興味を持ちアートの収集も手掛けるようになりました。15年がたち米国へ戻りマイアミでレストランを開きましたが、マスマーケットを狙いスーパーリッチ(超お金持ち)になることに興味はなく、レストランを通じて本物の日本の食文化を知ってもらいたいとの気持ちが強いのです。
本物へのこだわり
2018年にマイアミに高級すし店「Wabi Sabi」をオープンして以来、モダンアートと食の融合を特徴としながらもコンセプトの異なるレストランを次々と開き成功させています。本物の日本をアメリカで体現することを目指しますが、そのレストラン経営にはいくつかのプリンシプル(信条)があります。その一つは「おもてなし」。例えば、お客様がお帰りになるときは日本の料亭のように従業員一同が店の表まで出て並んでお客様をお見送りします。もう一つは「細かい(細部に細心の注意を払う)」、そして「繊細さ(デリケートなバランス)」。お客様のなかには日本という国は何だか複雑でわからない、という方も多いのですが、そういうときには「日本には3種類のアルファベットがあり、漢字は3500種類ある。我々と同じように考えられなくて当たり前だ」と説明するとわかってくれるといいます。一人ひとりのお客様に日本の姿を伝える伝道者でもあります。
人とのつながりを大切に
アルバロさんの成功のカギは人間関係にもありそうです。最初にロスでレストランへの道を開いてくれたジョセフさんとは今でも仲の良い友人でよく電話で話しますし、マイアミのレストランの成功には日本人シェフのマサさん(Masayuki Komatsu)との出会いが欠かせないものです。人に自分がやりたい事を理解してもらうことは非常に難しいことですが、マサさんはアーティストでもあり私のビジョンをわかってくれると手放しで褒めます。人とコネクトできたときには頭のなかでランプに灯りがつくような感じがするそうです。お客様との出会いのなかにもそれがあり、おもてなしを楽しむことができます。
写真:2023年にオープンしたレストラン「Midorie」。壁には魚アートが泳ぐ
七転び八起き
苦しかったことはもちろんあります。でもビジネスならどんな時でも苦境は再び起き上がって前に進む機会なのだと思えば苦にならなかったといいます。七転び八起きです。本当につらかったのはプライベートな生活の部分で日本人の妻と離婚するときでした。でも、彼女とは今でも話しますし、息子が生まれたときは人生で最も誇らしいと感じた瞬間でした。息子は自分が素晴らしい手本になる人間にならなくてはという義務感や励みを与えてくれたのです。
若者を支援
レストランではベネズエラの若者を雇って寿司職人に育てています。一人前になるには4年かかるのですが、寿司職人になればそのキャリアで食べていけるし、自分の店も持てます。レストラン業の傍らマイアミで経営するアート・ギャラリー「ブラックシップ」でも同じです。ベネズエラや日本の若手アーティストの作品を扱い、彼らを支援しています。なかでも日本人の若手日本画家Ryota Unnoの絵はマイアミにファンが多いそうです。
写真:マイアミのBlackship Galleryでは若手アーティストの育成に力を入れる
アドバイスは「卓越」
これからキャリアを積む人たちへのアドバイスを聞くと「何をするにせよ、卓越せよ」との答えが返ってきました。「まあまあ、普通のレベル」ではドアは決して開かない。一芸に秀でる、という事でしょうか。とにかく優れた技術なり何なりを身に付けることが先決で、優秀な人にはお金は後からついてくるので心配しないでよいそうです。努力の2文字が思い浮かびますね。
もっと本物の日本を
アルバロさんのミッションは続きます。本物の日本を世界に伝えるために、日本政府はアートとクラフトマンシップ、そして文化に焦点を当てて発信するべき。日本には世界に教えるものが多いのに、いつまでも舞子と桜ではダメだと批判します。本物を伝えるためレストランの次に日本式の小さなホテルをオープンしたいと思っています。そこで「おもてなし」を体験してもらうのです。アメリカ人に本物の日本を見せる旅行ツアーも計画しています。1人500ドルの高級寿司店ではなく大学街の小さな美味しいレストランに案内して自分が経験したような日本人の本当の暮らしをみせたいといいます。伝道師の道はまだ半ばです。
関連サイト