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「TSUNAGU(つなぐ)とは“結ぶ”こと。働き手を探す人と仕事を探す人を結ぶ、異文化を結ぶ― かたちは違えど、私たちActiv8はより良き世界の実現のため「架け橋」となり日夜努力している方々に、心からの敬意を表します。Activ8の新しいシリーズ「TSUNAGU」は、ビジネス、教育、芸術、文化などを通じて日本と北米をつなぐ、インスピレーションあふれる人々を特集します。

第19回 スティーブン・ホロウィッツさん:ジョージタウン大学法科大学院、非常勤教授

今回は日本で英語を教えるJETプログラムの経験者、スティーブン・ホロウィッツさんを紹介します。スティーブンさんは90年代に大学を卒業した後、未知の文化に触れようと「ゴジラとウルトラマンの国」としか知らなかった日本にJETの英語教師として行きました。帰国後はJETプログラムの経験者で構成された親睦団体、JETAA (JET同窓会、JET Alumni Association)に参加し、「日本を愛する人々をつなごう」と活発な活動を続けています。JETAAの人材募集サイトを立ち上げるなどユニークな試みを次々に実践するスティーブンさんはアイデアマン。米国トップクラスのロースクール、ジョージタウン大学の教授職を得るまでの波乱万丈なキャリア探究の旅や成功のためのアドバイスを聞きました。

日本との出会いはゴジラとウルトラマン

スティーブンさんはニュージャージー州プリンストンで、ヘルスケア関係の仕事をしていた父とソーシャルワーカーの母のもとに生まれました。運動は得意で勉強もできる活発な子供でした。日本に特に興味はありませんでしたが、小学生の頃、週末にテレビでみれた「ゴジラ」や「ウルトラマン」が大好きだったのを覚えています。

写真)スポーツが得意だった子供時代

海外に行きたいという強い思いはありました。ペンシルベニア大学を卒業したとき、日本のJETプログラムのVHSをみる機会があり興味を抱きました。当時はインターネットも普及しておらず、日本への知識は野球を通じて日本文化を考察したロバート・ホワイティングの和をもって日本となす(You Gotta Have Wa) 」などの本から得るしかありませんでした。ヨーロッパと比べ未知度の高い日本が気に入り、給料など条件も気にせずJETプログラムに申し込みました。

未知の国、日本で疎外感に悩む

こうして22歳で日本に渡り、愛知県の刈谷市でJETの英語教師として中学生を教える生活を始めます。未知の文化をみたいと思ったのですが、あまりにも勝手が違い戸惑いました。最初の一週間は道を歩くのも不安で「自分はここに属さない」という疎外感にさいなまれました。日本での暮らしに備えてJET経験者が書いた「Learning to Bow: Inside the Heart of Japan」という本を読んでいました。この本のおかげで日本で経験した出来事を著者の観点から見ることができ、とても役に立ったのですが、それでも悩みや苦しさを帳消しにすることはできませんでした。

写真)愛知県刈谷市の中学校で英語を教えた

勤め先の学校にも馴染めません。地域の6つの中学校を順番に回って教えていたため、生徒や先生など一人ひとりとの付き合いを深めることが難しかったのでしょう。スティーブンさんを驚かせたのは生徒や先生が学校の掃除をしていたことです。アメリカでは清掃スタッフがいて生徒たちに掃除をさせるなど考えられません。私は先生なのになぜ掃除を?と思いどうしていいかわかりませんでした。周りの空気が読めず居心地の悪い毎日が続きました。

思い込みは捨てよう

ところが、時間がたつにつれて考えが変わりました。自分の学校を掃除することは「Take Ownership」、すなわち仕事やミッションに当事者意識を持って向き合う姿勢を持つことだと気付いたのです。そして自分が今まで持ってきた「物事はこうあるべき(assumption of how things work)」という思い込みを捨てようと決めました。

こうして日本に馴染み始めると物事は変わります。ある日、神社で少林寺拳法のグループに出会い、彼らに声をかけて練習に参加するようになりました。しばらくすると、トーナメントにも出場できるようになり、自分が教えている中学校で試合があったときは教え子たちが応援してくれて優勝しました。仲間にはやくざの組員もいましたが彼らはとてもやさしく親切でした。アメリカにいたら、付き合う可能性が低い人たちです。日本での暮らしを通じて様々な人を知ることができました。

JETプログラムを終えたスティーブンさんは帰国しデューク大学の法学部に入りました。法学部を選んだのは法律に興味があったわけではなく、自分が何になりたいかわからなかったためだといいます。在学中は日本という自分のアイデンティティーを失いたくないと思い、早稲田大学に短期留学、その後、日本の法律事務所で働くという経験も積み、日本との接点を保ちました。

写真)JET同窓会NY支部でメンバーと

弁護士からESLへ、キャリアチェンジとの出会い

大学を卒業し就職したのはニューヨークの法律事務所です。ニューヨークで暮らしはじめたのですが、アメリカ人相手の破産法専門の弁護士という仕事は面白くありませんでした。道を開いたのは日本とのつながりを求めて参加したニューヨークのJET同窓会でした。ここでキャリアチェンジのきっかけとなる出会いがありました。

JET同窓会のキャリア討論会でモデレーターを務めたときのことです。ESL(English as a Second Language、英語を母語としていない人が英語を学ぶこと)の先生をしている女性と出会い、法律と英語教育という自分の強みを組み合わせたキャリアの構築を思いつきます。思い立つとすぐ行動です。早速CELTA (Certificate in Teaching English to Speakers of Other Languages) というイギリスのケンブリッジ大学英語検定機構が認定しているESLの英語教授法資格を取得しました。

CELTAのコースは1か月間毎日クラスがあり大変でしたが、クラスマネジメントを学び教えるコツを習得しました。例えば、声の小さい生徒がいると教師はその生徒に近寄り聞き取ろうとしますが、そのアプローチだと生徒のコミュニケーション能力に悪い影響を与えることになりかねません。それよりも、生徒に近づかず、その場で耳に手をかざしてもう少し大きな声でもう一度話すように促すのです。この方法は生徒が自信をつけることに役立つうえ、クラスの他の生徒にその生徒の発言がしっかり聞こえるようにすることができます。

写真)ジョージタウン大学、LLMコースの生徒たちと

新たなキャリアへの出発

CELTA資格を得たスティーブンさんはJET同窓生の紹介でニューヨーク市立大学 (City University of New York)でESL教師としてスタートを切りました。その後、NYのペース大学で法律英語を教えます。当時、法律英語のESL教育という分野で活躍する人は少なく、スティーブンさんはパイオニア的存在だったようです。

次の挑戦はハンター大学でTESOL修士号の習得、そして新たな職探しでした。TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)はESLの教授法を習得するものです。スティーブンさんは修士号取得後、ニューヨーク中の大学に自分のような人材へのニーズはないかと問い合わせました。すると、ニューヨークのセントジョンズ大学からLLM(法学修士の取得を目指す外国人留学生を対象にしたプログラム。約1年間の修了でアメリカの複数州の司法試験受験資格を得ることができる)のコースを教えるオファーが舞い込みました。セントジョンズが踏み台になり、LLMでは全米最大といわれる名門ジョージタウン大学から声がかかり現在に至っています。

写真)家族と、2022年撮影

順調なキャリアアップの道を歩んだようにみえますが、実はそうではありません。最初はESLの教師としての自分に自信がなかったといいます。それを変えてくれたのは小学校の先生をしている今の妻でした。子供たちの心を開かせるのが得意でクラスが騒がしくなっても大声を上げることなく生徒たちを静かにさせます。「教え方は学べる」と気付かせてくれたのが彼女でした。

苦しみも舐めました。最初の妻をガンで亡くしたのです。闘病生活を続ける妻との間に娘も生まれたのですが、病に勝てませんでした。その経験から「今を生きる」ことの大切さを学んだと言います。破産法の弁護士という自分に合わない仕事から抜け出そうと新しい扉を開け続けたのも、亡くなった妻から生きる教訓を得たからでしょう。

キャリアで悩む人たちへのアドバイスを伺うと「最大のリスクはリスクを取らないこと」との答えが返ってきました。現状にとどまらず、まずは飛んでみる。シリコンバレーでよく言われることですが失敗はOK。失敗することは有益であり必要なもの、恐れてはいけない。一歩前に踏み出すことの大事さを強調します。

イメージ)JETプログラムのサイトから

世界のJET同窓生をつなぐ、日米の架け橋に

次の目標は世界中に散らばるJET同窓生をつなぎ、日本との架け橋として役立てることです。これまでもJET同窓会で人材募集サイトや、ファンタジー・フットボール(アメリカン フットボールの仮想ゲーム)などを立ち上げ、魅力的な団体作りに励んできました。次は世界中の同窓生に日本での素晴らしい経験を語ってもらいアーカイブにしたり、同窓生が日本での滞在経験を生かして姉妹都市交流に関わるプロジェクトを検討しています。世界に7万人以上いる同窓生の組織化は簡単ではないでしょう。でもスティーブンさんなら、やり抜くかもしれません。今後の活躍に期待しています。

関連サイト

ジョージタウン大学

 

 



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